第九回 契約法 [2011年6月]

取引先の契約不履行への対応

  • 契約不履行(過失)の概念
  • 履行催促の義務
  • 立証義務、契約の種類による違い
  • 損害賠償の範囲
  • 責任制限条項の有効条件

(最新の判例紹介)
(実務で注意する点、ケーススタディ)

 

契約のエッセンスは当事者による契約義務の履行であり、売買契約の相手方が契約義務を履行しない場合、その不履行は契約責任を発生させます。ただしフランスでは、履行されていない契約義務の種類によって契約責任成立の要件が異なり、また不可抗力を理由に債務者が免責されるためには一定の条件が満たされる必要があります。


契約不履行の概念

契約責任を発生させる契約不履行には履行の欠如と履行遅滞があり、履行の欠如には以下の3つのタイプがあります。

1) 完全不履行(inexécution totale) : 例)契約で引渡しの対象となっている商品を引き渡さない場合
2) 一部不履行(exécution partielle) : 例) 商品を半分しか引き渡さない場合
3) 欠陥的不履行(exécution défectueuse) : 例)商品を引き渡したが壊れていたり、間違った商品を引き渡した場合


契約責任の追及と立証義務

フランスの判例は契約義務を「結果の義務」(obligation de résultat)と「手段の義務」(obligation de moyens)とに分けています。
「結果の義務」は、契約義務の債務者が一定の結果を契約相手方に約束している場合、「手段の義務」は債務者が契約義務を履行するために必要なあらゆる手段を用いることを約束している場合です。
売買契約で買主が売主に代金を支払う義務、及び売主が買主に対し契約の対象となっている商品を引き渡し、商品に関する情報を提供する義務は結果の義務、 サービス供給契約で供給者が契約に定められたサービスを契約の目的に沿って供給する義務は結果の義務、一方供給されたサービスが成功するために全力を尽く す義務は手段の義務にあたります。

契約で定められた義務が結果の義務である場合には、その義務の履行を怠ったことのみで契約責任が生じ、債務者は不可抗力(後述)を証明しないかぎり免責さ れません。一方手段の義務の不履行や欠陥的履行の場合には、債権者が債務者に損害賠償請求をする際には必ず債務者の過失、及びその過失と受けた損害との間 の因果関係を証明する必要があります。

例えば歯医者が患者に患者の歯にあった銀歯を入れる義務は結果の義務で入れた銀歯が口に合わなければその事実を提示するのみで契約不履行責任が成立し、歯 医者は新しい銀歯を作り直すか患者が別の歯医者で銀歯を作り直す場合には損害賠償を支払う義務を負います。一方歯医者が虫歯の治療をする場合には、歯医者 が患者の虫歯が治るために全力を尽くす義務は手段の義務であるため、虫歯が治らなかったまたは悪化した場合、患者が歯医者の責任を追及するためには、歯医 者の過失、すなわち必要な措置を取らなかったこととその過失と虫歯の不治癒または悪化との因果関係を証明する必要があります。


取引先の契約不履行の場合にできること

取引先が契約で定められた義務を履行しない場合には、1) 強制履行または2) 契約の解除、及び3) 損害賠償を請求することができます。

取引先に契約の履行を強制するためには、その履行が可能であることが必要です。引渡しの対象となっている商品が消滅・紛失してしまったような場合、また債 務が引き渡し債務(obligation de donner)ではなく、サービスの供給契約(obligation de faire)で供給者が契約義務の履行を望まないような場合には、強制履行はできず、契約を解除して代金の返還と損害賠償を請求するしかありません。
一方、商品の引渡しが依然可能であり、また契約義務を怠っている取引先が経営困難で損害賠償に十分な資産がないような場合には、契約の解除ではなく、強制 執行を請求する方が妥当です。取引先が倒産した場合でも、破産手続開始後の債務弁済の禁止は金銭債務以外の債権者による強制執行手続を妨げないからです。

1) 2) いずれの場合も、取引先に契約義務を強制履行させる、または取引先の契約不履行を理由に契約を解除しようとする場合には、契約中に規定されているいないに 関わらず、契約義務を怠っている取引先に対して書面による履行催促(mise en demeure)をする必要があります。
履行催促日より債務不履行の事実が確定し、法定の遅延利息(intérêts moratoires)が起算されます。債権者が履行催促を怠り、後日債務者に対して訴訟を提起する場合には、原告の訴状が債務者に通達された日まで法定利息は起算されません。

1) 強制履行(Exécution forcée)

民事執行手続には必ず執行名義(titre exécutoire)が必要なので、契約書が私署証書であるかぎり、それだけでは強制執行の手続を行うことはできず、裁判所の判決またはそれに準じた決定を得る必要があります。

》不履行債務が代金支払債務の場合

取引先による不履行債務が代金支払債務の場合には、多くの場合商事裁判所のレフェレ(référé)の手続で債務不履行責任を追及する訴訟を提起します。 訴訟手続の代わりに商事裁判所裁判所長に対して非対審の急速審理手続(requête)で支払命令(injonction de payer)の請求を行うこともできますが、支払命令は、通達から1か月以内に債務者により異議(opposition)を申し立てられることができ、そ の場合には手続が本案訴訟に変わるので、はじめから対審のレフェレの手続で契約責任を追及する訴訟を起こすほうが無難です。裁判所長の支払命令に債務者が 異議を唱えず執行力を持った場合、レフェレの仮判決ともに執行名義としての効力を持ち、債権者は執行吏を通じて債務者の債権の差押や競売の手続を行うこと ができます。差し押さえの対象となるのは銀行口座、動産財産、及び不動産財産です(saisie-attribution)。

》不履行債務が代金支払債務以外の引渡し債務の場合

不履行債務が代金支払債務以外の引渡し債務の場合には、商事裁判所で債務不履行責任を追及する訴訟を提起します。不履行債務の存在が明らかである場合には レフェレ(référé)の手続でごく短期(訴状の通達から6ヶ月前後)裁判所の仮判決を得ることができます。一方契約の内容が不明瞭であるなど不履行債 務の存在が明確でない場合には、本案訴訟手続が必要となり、判決が出るまでに最低1年半-2年かかります。レフェレの仮判決、仮執行の命じられた第一審の 本案判決ともに、執行吏を通じて引渡しの対象となる商品の差押、強制搬出(saisie-appréhension)などの強制執行手続を可能とする執行 名義としての効力を持ちます。


2) 契約解除(Résolution)と3) 損害賠償請求

契約解除と損害賠償の請求は商事裁判所での本案訴訟手続で行います。レフェレの手続では契約中に解除条項が規定されていた場合の解除の確認は請求できます が、損害賠償の請求はできません。損害賠償の請求を行うためには取引先に通達する原告の訴状の中で、契約不履行の事実と契約不履行により受けた損害の存在 だけでなく、損害の額及び受けた損害と契約不履行との因果関係を証明する必要があります。

》不履行債務が金銭債務の場合

契約が解除されると、当事者には原状回復義務が生じます。取引先が商品の引渡しを受けたにもかかわらずその代金を支払わなかった場合には、債権者に対し受 け取った商品を返還し、遅滞利息を支払う義務を負います。また債権者は債務者の履行遅滞が不当であるとみなす場合には、遅滞利息に加えて濫用的不払い (rétention abusive)を理由に損害賠償を請求することができます。、一方サービス供給契約で原状回復が不可能な場合には、原告である債権者の請求にもとづき、 裁判所が損害賠償の額を決定し、遅滞利息とともに支払を命じます。

》不履行債務が非金銭債務の場合

不履行債務が非金銭債務の場合には、契約不履行により直接受けた損害に加え、履行されなかった債務が履行されていたならば得られたであろう利益を逸失利益 として請求する損害賠償の額に加えます。例えば展示会やコンサートの上演契約で出展者や演奏家が展示や公演を取りやめた場合、展示会やコンサートの主催者 は、出展者や演奏家に支払った報酬の前払い金の返還や会場の予約費用の賠償だけではなく、予定されていた展示会やコンサートが行われていたならば得られた であろう利益の額を算出し、損害賠償として請求します。


不可抗力・免責条項の適用条件

》不可抗力で契約が履行できない場合

天災や事故、または予測できない第3者の行為で取引先との契約義務を果たせなくなり、取引先から契約不履行責任で訴えられた場合、損害賠償責任を免れるた めには、そうした外的要因が不可抗力(force majeure)であったことを証明する必要があります。不可抗力は民法の一般規定なので、契約中に規定されているいないにかかわらずそれを証明すること により、債務者は債務不履行責任を免除されます。逆に、契約中に不可抗力の場合の免責が規定されていても、債権者は債務者が不可抗力として挙げている事由 がその条件を満たしていないとして、訴訟で債務不履行責任を追求することができます。フランスの判例で定められている不可抗力の条件は以下の2つです。

1) その要因が発生し、契約履行を妨げることを防ぐことができなかったこと(irrésistibilité) ;
2) その要因が契約締結時に予想不可能であったこと(imprévisibilité)。
この2つの条件を満たさない「不可抗力」は、免責事由としての不可抗力とはみなされません。

地震や津波などの天災の場合は、そうした天災が現実に契約義務の履行を妨げた事実を証明すれば、債務者は免責されます。一方、予想しない事故が発生した場 合や第3者の行為で契約の履行が不可能になった場合には、それが契約締結時に予想可能で、発生を防ぐための措置を取る余地があったとみなされる場合には、 債務不履行責任が成立し、債権者に対し損害賠償責任を負います。
戦争や紛争などの事情は自動的には不可抗力とはみなされず、債務者はそれが契約締結時に予測不可能であること、及びそれが発生し契約履行を妨げることを防ぐことができなかったことを証明する必要があります。

今年3月の津波と原発事故の影響で多くの海外アーティストや美術館の日本でのコンサートや展示会がキャンセルされ、主催者たちがキャンセルにより受けた損 害の賠償を電力会社に請求していますが、フランス裁判所の基準では、こうした場合に不可抗力が認められ、免責されるかどうかは、事故を防ぐための設備を設 置することが事故発生当時の基準で可能であったか否かにかかっており、それを証明するために専門家による鑑定が数年にわたり行われることになります。

》 契約中に責任制限条項や免責条項がある場合

契約中に、契約不履行や履行遅滞の場合に、契約不履行責任を一定の額に限定する、または免除する条項が規定されている場合、それは契約の本質的な義務と矛 盾せず、契約の本質的な義務をはじめから無意味にするものでないかぎりで有効となります。たとえば、売買契約の中に契約で定められた商品Aの引渡しが不可 能な場合には他の商品Bの引渡しをもって換えることができる、という条項がある場合、買主はBではAの代わりにならず、契約の本質的な義務をはじめから無 意味にすることを証明することで契約を解除し、支払った代金を取り返すことができます。

業者間で交わされた契約で規定された、契約の本質的な義務と矛盾しない責任制限条項や免責条項は原則的に有効ですが、一方瑕疵担保責任に関する免責特約や 責任制限条項が契約中に定められている場合には、売主と買主が同じ職種に属する業者でないかぎり、自動的に無効となります (=>コラム第6回) 。



弁護士 永澤亜季子
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